2016年12月23日金曜日

鳥取県山岳協会創立50周年式典・祝賀パーティー

平成28年11月26日(土)、米子ワシントンホテルに於いて、鳥取県山岳協会創立50周年式典・祝賀パーティーが開催されました。
日本山岳協会の八木原会長をはじめ、多くの来賓・出席者で盛大に50周年を祝うことが出来ました。以下、式典での鳥取県山岳協会大西会長の挨拶(要約)を掲載いたします。

      ご挨拶  (鳥取県山岳協会長 大西 一俊)

鳥取県山岳協会は1966年(昭和41年)6月26日に創立してから今年で満50年という輝かしい節目を迎えたわけですが、これもひとえに関係各位の皆様の温かいご理解とご支援、そして歴代の協会役員を始めとする諸先輩方のご苦労やご尽力の賜物であり、改めて深く感謝を申し上げます。
 
本協会設立の経緯ですが、まず1956年(昭和31年)に県内の山岳団体の連合組織として鳥取県山岳連盟が結成されました。そして、1966年(昭和41年)に、この山岳連盟を発展的に解消して、現在の鳥取県山岳協会として再出発しました。

それから50年の永きにわたり、皆さまのご理解とご支援をいただきながら、登山界を取り巻く環境の変化や登山技術の進歩に対し、それぞれの時代に対応した活動を行ってきました。
それは、安全登山の普及と技術指導、山岳遭難の防止や救助、海外登山の支援、自然保護、競技登山など、多岐にわたるものです。
中でも、大山の遭難防止活動や救助活動では長年に渡り、協力させていただいておりますし、自然保護の分野では大山の頂上を保護する活動に30年以上に渡り参画させていただております。

加盟山岳団体の数は、創立初期の頃には最大で27団体を数えたこともありますが、組織化を好まない登山者が増えたり、レジャーの多様化に伴う若者の登山離れなどで、徐々に減っていき、現在の加盟団体は15団体となっています。 


この半世紀で登山界も大きく変遷しました。従来から生涯スポーツとしての、安全登山と普及活動は協会の大きな目標でしたが、それに加えて近年はスポーツクライミングの急速な普及に伴い、その競技団体としての活動の比重が高まってきました。

このスポーツクライミング、元々私たちは自然の岩場を登るロッククライミングを楽しんでいたわけですが、国民体育大会などでも競技化され、そして時代とともに自然の岩場ではなく、人工の壁を登るスポーツクライミングへと変化してきました。
2020年の東京オリンピックでスポーツクライミングが競技種目として採用されたことにより、今後さらに注目が集まることになると思います。

鳥取県でも優秀な選手が育っています。先月開催された岩手国体で鳥取県の少年女子チームが優勝したことは記憶に新しいことと思います。山岳協会としても、今後更に選手の育成・指導者の養成・競技環境の整備などに力を入れていくこととしています。

お、このスポーツクライミングについては、本協会の上部組織団体にあたる日本山岳協会が、競技団体としての位置付けを明確にする意味で、来年4月から「日本山岳・スポーツクライミング協会」に名称変更することが決まっています。本協会もどうするのか、その対応が迫られることになります。
 
こうした新しい時代への対応が必要となる中、一方では会員の減少と高齢化も課題となっています。このままでは、従来の登山に関わる活動が先細りになっていく恐れがあります。登山分野をどう盛り上げていくのか。

既に他の県では組織維持のために個人会員制度を取り入れているところもあります。今後は時代に合わせた組織・運営体制の見直しをすることになろうかと考えています。

そのような意味からも、創立50周年を契機に、本協会が今後の発展をめざす新たなスタートとしたいと考えています。引き続き、皆さま方、関係各位のご指導、ご鞭撻を頂きますことをお願い申し上げますとともに、皆様のご健勝とご発展を祈念いたしましてご挨拶とさせて頂きます。



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